連載「重量木骨で家を建てる」

本当の家づくりに必要な心得「重量木骨(SE構法)で家を建てる」

なぜ、私たち「つくり手の会」会員は、家づくりの工法に「重量木骨(SE構法)」を選んだのか。
「重量木骨(SE構法)」をおすすめする理由を連載で綴っていきます。

第二章 「綱渡りの島 日本 ~スクラップ&ビルド~」   2008.06.24(TUE)

 先日、本屋に立ち寄ったところ、平積みコーナーに並べられていた一冊の本が視界に飛びこんできました。東京在住の持田晃さんという方が、長年に渡り撮り続けた、『東京いつか見た街角』というタイトルの写真集です。

 手にとってめくってみたところ、昭和20年代から40年代の何気ない街並みがモノクロ風に撮影されています。木造長屋の前で佇むステテコに腹巻き姿の大人たちや、ボール遊びを楽しむ子どもたちの姿などが写しとられていて、地方都市で幼少期を過ごした私も、懐かしさで心を鷲掴みにされ、一枚一枚の写真が輝いて見えました。

 写真を見て考えさせられたのは、昔の懐かしい街並みもさることながら、被写体になっているような地域の中での、懐の深い大人たちの指導や何気ない会話、子ども同士の小さな冒険や戸外の遊びが失われたことに対する畏怖の気持ちです。地域社会の中で当時の子どもたちは、大人たちが作り上げた目に見えない社会教育システムに守られて伸び伸びと育ってきたのではないでしょうか。

 しかし現在の日本では、とくに都会生活者や新興住宅地で、そのような光景を見つけることはほとんどありません。濃密な地域の関係は崩れて、つながりの切れた住民、犯罪への恐れなど街角には殺伐とした空気が支配しているように思えます。

 街角の風景がすっかり変わってしまったのは、日本の住宅建築の現状と無縁ではありません。前述のように日本では街作りの観点が軽視された家作りがなされていました。その理由を歴史的な観点も踏まえたうえで、「石の文化」を持つ欧米に比べ、日本には「木と紙の文化」が底流にあるからだとした評論家もいます。

 日本人は欧州などの旅行先で名所を訪ね、石碑などに落書きをしてしまうということが批判されたことがありましたが、これなどは、焼失と再生を繰り返し、執着しきれない「木と紙」への割り切った思いを抱く日本人特有の性癖だというエッセイを読んだことがあります。真偽はともかくとして、災害や戦禍によって何度となく消失したという日本の木造住宅の歩みゆえに、資産価値もなく作っては壊すという風潮が作られたという仮設はある種の説得力を持っています。

 戦前の日本の持ち家率は国民の二割に満たなかったそうですが、借家として流通されていた事実があります。夏目漱石や森鴎外などの著名な文豪が愛した縁側が、社会との接点の役割を担っていた日本家屋にしても、彼らが何度も移り住んだ事実から、当時の流通の様子を読み取ることができるでしょう。

 日本の現在の住宅ストックは5,100万戸といわれています。しかし、その中で流通しているのは0.3%の15万戸に過ぎず、これはアメリカの住宅流通の12分の1にしか満たない数字です。奇跡の復興を成し遂げた日本の持ち家政策は、売ろうとする時には家がタダ同然になってしまうという歪んだ住宅価値社会を生み出してしまったといえるかもしれません。

その12へつづく)  by: Shimizu

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「本当の家づくり」

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